鈴薔薇の紅く染まりし夏の果て「熊出没」の警告を見る
ご存知の様にカナダは広い国である。子供達が幼い頃 “This land is Your land” という歌を小学校で習いよく歌っていたのを思い出す。長い歌の一番を訳してみよう。
この陸は君らの陸だ
この陸は僕らの陸だ
ボナビスタ(ニューファンドランド島)からバンクーバー島に至るまで
北極圏から五大湖に至るまで
この大陸は君らと僕らの為に創られたものだ
By Woody Guthrie
この歌はアメリカのフォークシンガーの作詞であるが、のちに多くの国々により各国の言葉で各国のバージョンが親しまれている曲である。
カナダはロシアに次いで世界2位の広さを持つ国であるが、歴史が浅いので、伝統的と呼ばれる食べ物は少ない。歴史が浅いと言うと最近では問題になる可能性がある。つまり白人が住み着いてからの歴史であり、先住民はかなり長い歴史を築いてきているはずであるが、残念ながら記録が無いのでこう記したまでである。白人系の移住民は殊に日本のように昔に遡って伝統的な食事を現代版に変えることはしない。もっとも最近はfusion と言う食事を提供するレストランが増えている。それについては後で記そう。
1600年の始めにフランス系カナダ人の探検隊がカナダの土を踏み、のちにイギリス軍の侵入により、400年以上の歴史を持つと言えども、ニューファンドランド&ラブラドール州を含めた10州に加え3つの準州がカナダと呼ばれるようになってからは未だ日が浅い。東のイギリス系オンタリオ州とフランス系ケベック州が中心となって五大湖沿岸に発展したこの国は気候の良い西海岸、ブリティッシュ・コロンビア州、まで、徐々に文明を広げるに至る。そして寒いが自然の豊かな準州にも先住民と手をとり合ってユニークな文化を広めて行こうと言う企画がなされている。
勿論、現在カナダはモザイク(遺伝子が入り混じっている)移民の多い国家としても知られている。モザイクの形態はアメリカのそれとは異なり、イギリス系、フランス系、そして、先住民(以前はインディアン、エスキモーと呼ばれていた)に加え世界各国からの移民が加わって形成されている。全く人種差別が無いとは言えないが、差別に関してはまたの機会にまわそう。ともかくこれだけの人種が集まっていると、カナダの伝統的な食べ物に関して書くのは不可能である。それ故今回はカナダ人の一般的な食生活に絞ろう。
イギリスを含めたヨーロッパを旅した経験のある人はお気づきであろうが、イギリス系とフランス系の食生活に対する態度にはかなりの差がある。それ故カナダとひと言で言ってもイギリス系の影響の強い州とフランス系の影響の強い州では食への感覚が大分異なってくる。カナダの人々はジャガイモが好きだ。「うちの夫は meat and potato 系なのよ」と聞いたら、イギリス系だと判断できる。勿論西部で金が発掘され、東のイギリス系の人々が西部に渡り、西部を開拓した歴史上カナダの平原地帯からカナディアン・ロッキーに至るまでは、所謂 meat and potatoに依存している人が多いのは否めない。それ故、西部のカウボーイ(cowboy) とアルバータビーフは有名である。これらの人々の食事はステーキやハンバーガー、ローストビーフなどに限られ、肉にスパイスや工夫を加えて上品な味をつけたりはしない。Rare、Medium、Well done (生焼き、中間、充分焼けた)の好みと食料品店で売られているBBQソースで味付けをする程度である。
面積の狭い日本でも同様であろうが、カナダには州によってユニークな食べ物がある。東から始めると、PEIやノバ・スコシア、ニュー・ブランズウィックなどの大西洋に面した州は、蟹やロブスターで知られている。昔トロントに住んでいた頃、子供達を連れて大西洋岸の州を旅したことがある。ファンディ湾で7歳ぐらいの子供が駆け寄り、取り立ての蟹を買わないかと訪ねた。夫が、一匹いくらか聞くと「おとうさんに聞かなくちゃ。」と小さい漁船を杭に繋いでいる父親に尋ねる。父親は「おまえがとった蟹だから自分で決めなさい。」とニベもなく答える。「じゃあ、一匹1ドル」夫は父親を「それだけでいいの?」と言う表情で見る。父親は肩を窄め、「経験して学ばねばね」と我々の前で、子供を叱ろうとも、忠告しようともしない。「じゃあ、五匹で5ドル」夫も子供の付けた値段を尊重して、5ドル払ったのを記憶している。夕方キャンプ場で、身のしっかり詰まった大蟹を茹でてたらふく食べ、残りは翌日のサンドイッチの為にタッパーに入れ、空をゴミ箱に捨てた。
大失敗は、翌朝4時頃かもめの大群が、大きなゴミ箱を物凄い鳴き声と共に直撃したこと。新鮮な空気を吸って疲れ果てて熟睡しているキャンプ場の人々を皆起こす羽目に至った。幸いにも一人一人のキャンプ場は樹々に囲まれていて誰が捨てたかは知られずに済んだ。でも「今朝はカモメがやけに煩かった」という会話を耳にした時は少なからず自責の念に駆られた。
この辺りのロブスターのサイズは目を丸くするほど大きい。大きくても美味しい。バターにおろしたガーリックを混ぜてチンで数秒、それにつけて食べると、言いようもなく美味しい。PEIでロブスターのプティンを食べたと西部の人に話すと、「何という勿体無いことを」と本気で憤慨していた。これはフレンチフライとチーズにロブスター身を加えたプッティン で、ロブスターのようなそれだけで美味しいものをプッテインのようなファーストフードに混ぜたりして勿体ないと言う意味だ。
プティン(poutine)というのはご存知な方もあるであろうが、フレンチフライにチーズカード(塾しきっていないチーズ)を加え熱いグレイビー(肉汁)をかけた、所謂ファーストフードである。これが非常に美味しい。ダイエット中の方にはお勧めできないが、病み付きになる。これはフランス系カナダ、殊にケベック州で1950年代に作られた食品であるが、現在はカナダ大陸の東の端から西の端、北部に至るまで、人気食品と化してレストランのメニューに加えられている。
勿論ケベック州はフランス系が多く、言葉もフランス語であり、所以食事も種類も多く、凝っていて美味しい。州都ケベックシティ及びモントリオールがフランス系食品のメッカである。グルメはもとより、スモークミートサンドイッチに至る迄、ここでは載せきれない食品がうめき合っている。薄くスライスされた燻製のビーフがモロに五センチ以上の厚さでその上ガーリックの効いた薄切りのきゅうりのピクルスの入ったサンドイッチは、肉とジャガイモ系の人でさえも称賛する。因みにこれはユダヤ系フランス人の食品である。フランス系の食品は肉も魚も繊細な味が微妙に工夫されていて肉とジャガイモ派とは格段の差がある。
中部のプレイリー地帯はやはり肉とジャガイモ系と言えようが、カルガリーでも最近は、今は去りしオイルブームの後、20世紀世代に入り、バンクーバーからの影響もあり、所謂フュージョンと呼ばれるレストランが目につく。これは、日本で言う和洋折衷に近いもので、洋食と和食、アジア系の食事を混ぜて作ったもの、イタリア系とたらこの様なものを混ぜたスパゲティもイタリア系のレストランのメニューに見られる。バンクーバーで『葉っぱ』と言うレストランに行ったことがある。完全なフュージョンで、物凄い人気がある。私の日系の生徒が、カルガリーに『四季麺屋』というレストランを開いた。これも麺類を下地に非常に目新しい工夫を凝らしたフュージョンの店で、もう5年ほどにもなるであろうか、いまだに寒い冬でも行列が絶えない。『職人』と言うレストランもカナダ人の開いた日本食フュージョンの店である。中国系の多いバンクーバーはもとより、中華料理はカナダのいかなる州にもある。伝統的な中国の省を代表する各種の中華料理はカナダ人に無くては成らぬ食事である。勿論カナダ化された中華料理もあるが、他にも最近は韓国、ベトナム、タイ、インド料理なども各種のアジア系のレストランが一般カナダ人の人気を博している。
付け忘れたが、バンクーバーには『ロドニー』という牡蠣専門のレストランがある。カナダの生牡蠣は非常に美味しい。熊本牡蠣など日本の牡蠣も入っている。ユニークな店で、生牡蠣は勿論、牡蠣のスープや、味付けの美味しい揚げた牡蠣やホタテのサラダなどもある。特に美味しいのはクラムチャウダーと呼ばれるアサリ、牡蠣などの魚介類が他種入ったクリームスープである。一般に6時前に行くとアルコールも含め全てが割引される。5時半頃行って注文してからくつろぐと安く上がる。
バンクーバー島に住む友人の80歳の隣人は、私達が訪問すると必ず朝早く生牡蠣を取ってきてくれる。岩海岸のどこで取ったものか、ありかは誰にも教えてくれない。海沿いの崖の淵に建てられた素敵な家に住んでいる未亡人の方である。
食品となると題材はキリがないがこの辺で今回は止めておこう。カナダ旅行の際にお役に立てば幸いである。
文・ライリー洋子